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2014年10月

2014年10月26日 (日)

小さな交わりから  使徒2:46-47

使徒2:4647

そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。

今年度は、小グループの聖書と祈りを中心とした交わりが行われています。言われるまでもなく、すでにこのような時を持ってこられた方もおられます。前掲のみ言葉は、エルサレムに生まれた教会の様子を知るみ言葉ともなっています。3000人もの人たちがバプテスマを受けましたが、その交わりは今のことばでいえば、小グループだったと思われます。小さな交わりを通してみ言葉を学び、福音宣教や互いに助け合う奉仕が始まり、やがてより大きな交わりとなっていきました。当時の地域にキリスト者の交わりが広がっていったのです。

来月には、丘の上チャリティー茶会が第17回目を迎えます。教会の兄弟姉妹の祈りと協力によってここまで続いたことはもちろんですが、この茶会の大きな協力者であるKさんとの出会いは、「丘の上教会で虫聴きの会を開きたい」と言われたことからなのです。ずいぶん昔のことです。今月18日に丘の上で行われた、浦和高校春日部支部主催のチャペルコンサートもその流れの中でのことでした。来会者の中にも、以前出会った方、これからお付き合いできそうな方もおられました。次回市民講座のゲストは、ボーイスカウト活動で土器作りを指導してくれた方です。また、過日N姉のお父様が召されましたが、ELCの初期(当時はELIと言っていた)に教会に来られたことがきっかけで、N姉は信仰に導かれたのです。その時教師であったのがラン兄で、めぐ幼で春日部音頭を教えてくださったのも、その時の生徒さんです。

小グループの交わりだけでなく、私たちのいる地域、職場、学校などで、いろいろな出会いがあるでしょう。それは小さなものかもしれません。これを大切に持ち続ける時、神様が育ててくださり、やがて豊かな実をむすばせてくださることでしょう。

2014年10月24日 (金)

春日部市民文化講座 第3回

 文化講座も、第3回目です。深まる秋、この街の歴史にも、思いを深めたいと思います。

11月12日午前10時 ふれあいキューブ4階、会議室1

故郷第4番

 過日行われた、浦和高校同窓会春日部支部のチャペルコンサートは、すてきな時となりました。富田さんのオペラは、心を打ちますね。
 そして皆さんで歌った最後の曲、故郷も、それとは違った感動がありました。そのあたりのことを事務局の香田さんがまとめてくださいました。故郷の第4番とは、何?詳しくは、下記をご覧ください。

2014年10月19日 (日)

チャペルコンサート

昨日、10月18日は、丘の上会堂を会場に、素晴らしいコンサートがありました。主催者事務局の、香田さんが、夏炉冬扇にその様子をまとめてくださいました。下記をご覧ください。
これからも、こんな形や、ランチコンサートが持てたら、皆さんに喜んでいただけるのではないかと思います。

チャペルコンサート→「karotosen2851.pdf」

2014年10月18日 (土)

主が心に留めてくださる  1サムエル1:7-20

サムエル記は、ユダヤ人の国が新しい形態になっていく途上の物語です。そのあとに続く、歴代誌、列王記は国家存亡の危機の中にあるユダヤ民族の歴史物語と言えます。
 サムエルとは、最後の士師であり、子供のころに「しもべは聞いております、主よお語りください」という姿勢を持つ、神のことばに聞き従う人でした。彼の母ハンナはエルカナの妻でしたが、不妊の女性でした。そのため、もう一人の妻であるペニンナから嫌がらせを受け、心に悲しみを持っている女性でした。家族で主の宮にのぼり、礼拝をささげて食事を皆でするとき、一人その場を離れて激しく泣いていたのです。子供のない身にとって、もう一人の妻の子供が仲良く食事をしている姿を、喜んで見ることはできなかったのでしょう。しかし彼女はただ泣いているだけでなく、心の苦しみを主に祈っていたのでした。唇がわずかに動くだけで、それは言葉にならないうめきだったのです。後にサムエルを預けることになる祭司エリはその様子を見て、彼女が酒に酔っているのだと思ったほどでした。ハンナは主の前に心を注ぎだして祈っていたのです。そのことを知ったエリは言います。「安心して行きなさい」と。ヘブル語では、シャロームのうちに行きなさい、となります。英語では、“Go in Peace
ですね。主の平安があること、心安らぐことこそ、主なる神様が心に留めてくださったことの証しです。
 私たちにも、ハンナのように心に悲しみや苦しみがあり、心落ち着かないことがあるでしょう。この思いを主にそのまま祈りとしてそそぎだす時、神様は、そんな弱い私たちをご自分の心に留めて、平安を与えてくださるのです。こののち、ハンナは改めて主を礼拝し、家族そろって家に帰りました。神様は彼女の祈りに応え、子供を与え、その子は最後の士師としてその働きをする者となっていくのです。
 主が小さな私にも心を留めてくださる、この恵みを感謝して新しい週を過ごしてまいりましょう。

 私の叫びの声を心に留めてください。私の主、私の神。
  私はあなたに祈っています。詩篇52


2014年10月12日 (日)

神様のくださる勝利  黙示録7:9-17

今年は、1964年に開催された、東京オリンピックから数えて、50年目にあたります。それを記念して、50年前の映像や秘話が紹介されています。世界中からアスリートが集まり、勝利をめざして一生懸命頑張る姿がオリンピック、パラリンピックの魅力でしょう。
 本日の聖書箇所は、終末において、大勢の人たちが真の神の小羊として神様の座についている、イエスキリストを賛美する姿が描かれています。彼らはいろいろな国、部族から集められた人たちで、棕櫚の葉を持っていると描かれています。これは、彼らの生涯が勝利ある人生であったことを表しています。夏の甲子園の応援歌2番にも、棕櫚の葉を勝利の象徴として歌っていますね。またこの人たちは、大きな艱難を抜け出し、その衣の白さは小羊の血で洗ったからだと言われています(13)。これは、やがて起きる大患難時代を表す預言のことばであるとともに、イエス様を信じて罪を赦された人たちが清くされ(白くされ)、たとい困難の中に置かれたとしても、イエス様に守られて救い出されることを表しています。渇くことの無いいのちの泉に導かれ、これまでどんなに悲しみの涙を流した者であっても、イエス様はその涙をぬぐい取ってくださるのです。神様のくださる勝利ある人生のゴールが、ここにあるのです。
 50年前の東京オリンピックの閉会式は、今までになかった閉会式となりました。各国の選手団が入り乱れたままで入場が始まり、他国の選手に肩車され日の丸を高く掲げた日本選手とオリンピック開催中に独立した「ザンビア共和国」を先頭に、各国の選手が入り混じり、腕や肩を組み笑顔で入場する、かつて見られなかった形となったのです。戦いを終えた各国の選手が、もはや敵も味方もなく、同じ競技場を喜びながら歩く姿は、当時中学生であった私も感動するものでした。
 困難を通ってきた私たちの人生のゴールは、苦しみや喜びを分かち合う仲間とともにある、勝利ある神様の国なのです。

ローマ8:3537

 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。


2014年10月 5日 (日)

神の声を聴く  詩篇19:1-4 説教要約号外

8月下旬、福知山と広島市は、これまで経験したことがないような豪雨に見舞われ、甚大な被害を出した。9月最後の土曜日には、登山客でにぎわう御嶽山が噴火し、多くの方が亡くなり、今もなお山頂付近に取り残されている方々いるという。速やかな救出作業がなされるとともに、被災された方々、愛する者を亡くされたご方々に、神様の慰めと助けがありますように。
 近年は大きな自然災害が発生し、今までになかったような被害を起こしている。都会においても、ゲリラ的に大雨に見舞われ、これまたひどい被害を出している。今まで経験したことがないような自然現象が今起きているのだ。昔から、大雨や雷などは、神様がお怒りになったしるしであるとみなされてきた。聖書にも、
「すると、地は揺るぎ、動いた。また、山々の基も震え、揺れた。主がお怒りになったのだ。」とある(詩篇18:7)
 先週は、教会の会議で広島を訪れ、先の大雨による土砂災害の現場に案内していただいた。あれからひと月たち、復旧作業は続いているが、当時の爪跡を今に残している。市内にあるキリスト教会の動きは早く、行政の入れないところにも行って、泥出しや建物の復旧にとりかかったという。以前から教団教派を超えた交わりがあったことと、阪神神戸大震災、東北大震災で学んだことと、そこから生まれたネットワークがあったことが、今回役だったと聞いた。
 このような自然災害の中にも、神様のメッセージがあるはずだ。物資的な支援だけでなく、被災された方々に寄り添うことも行われている。自然災害は、人的に引き起こされる面もある。人のために役立つ行為が、必ずしも創造の秩序にかなったものではなく、かえって自然界を破壊していることもある。神様の語る声に耳を傾けることこそ、創造主である神様と自然界に対する真の謙虚な姿勢であると思う。

詩篇19:14
 天は神の栄光を語り告げ、大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ、話を伝え、夜は夜へ、知識を示す。話もなく、ことばもなく、その声も聞かれない。しかし、その呼び声は全地に響き渡り、そのことばは、地の果てまで届いた。


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