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2014年11月 2日 (日)

神のことばに聴く  2014.11.2

少年サムエルといえば、ひざまづいて神様の語りかけを聞く場面を思い起こす方もあるでしょう。市内のある保育園の玄関に、そこはキリスト教主義の保育園ではないのですが、神の語りかけを聞くサムエルの絵が掲げられていました。聞けば、卒園生の保護者から送られたもので、とても良いと感じたので、飾ったとのことでした。
 祭司エリに仕えていたサムエルは、ある晩寝床についていると、自分の名を呼ぶ声で目を覚まします。エリに呼ばれたと思ったのですが、実は神様が直接サムエルに語っておられたのです。そのことを知ったサムエルは「しもべはここにおります、お語りください」と言って、神様のことばに聴く姿勢を取ったのです。神様の語った内容は、なんと祭司エリの家が滅ぼされるということでした。
 この当時、イスラエルの民はペリシテ人と戦っていました。彼らはペリシテ人を打ち破るために、契約の箱を前線に近いところに持ってきたのですが、その箱がペリシテ人に奪われ、エリの二人の息子も戦死してしまったのです。この訃報を聞いたエリと嫁のピネハスは死んでしました。死の間際で産み落とした子はイ・カボデ、栄光はイスラエルから去ったという名前が付けられてしまうほど、悲惨なできごとでした。神様の語られた言葉が、実現したのです。
 契約の箱を奪ったペリシテ人の地では、彼らの神殿の本尊が倒れ、その箱が移されたところでは、民が重い腫物に打たれるという災いが起きたのです。その災いから逃れるため、彼らは罪過のいけにえをつけてそれをイスラエル人の地に戻しました。イスラエル人は契約の箱が戻ったことを喜んだのですが、その箱の中を勝手に見たために、多くの人が災いを被ったのです。契約の箱は、もともと十戒が納められ、民を祝福への導くはずのものでした。しかしこの時、契約の箱のあるところでは、大きな災いが起こったのです。
 この物語は、神のことばがあっても、神様に聞き従う心が本当になければ、かえって災いのもととなることを示しています。聴くとは、聞いたことをしっかり自分のものとして従うことです。聞いても実行しないならば、聞かない方が良かったでしょう。かえって、災いです。信仰生活は、何か立派な良い行いをすることから始まるのではなく、神のことばに聴くことから始まるのです。

ローマ 10:17
  そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。


 

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