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2014年11月23日 (日)

まことの王を迎える 1サムエル8:1-9 2014.11.23

しばらく前から本日の説教を準備していたのですが、急に衆議院解散、12月14日が投票日、ということになりました。イスラエルの新しい国のかたちが決まっていく聖書箇所を開く時が、私たちの国のこれからのかたちを決める大切な時期に重なったことに、身の引き締まる思いです。
 サムエル記は、士師の時代から、王が治める時代に移り変わっていたことを記しています。イスラエルの民は、自分たちを治める王を求めました。その理由は、ペリシテ人の脅威に対抗するため、強い国になる必要があり、サムエルの息子たちはなぜかエリの子供たちのように士師としてふさわしくない人物だったからです。
 長老たちの求めを聞いたサムエルは、これに反対しました。主なる神こそが民を治める方であり、神よりも人に信頼を置くようになる危険があったからです。また、王制には限界があり、やがて民を搾取することになると知っていたからです(11-18)。ところが神様はサムエルに、彼らの訴えを聞き入れたことを告げるのです。
 なぜ神様は、国に王を立てることを認めたのでしょうか。その理由を神様の言われた警告の中に見ることができるでしょう(8)。この後初代の王としてサウルが立てられ、ダビデ、ソロモンとイスラエルの王が国を支配し、繁栄を遂げていきます。しかしソロモンの死後国は南と北に分裂し、やがてその国も次々に滅んでしまい、バビロンに捕囚の民として連れていかれます。神様より、人間の王を信頼したことの結末です。
 それからイスラエルの物語は、イエスキリストの誕生へと続いていくのです。イエスは救い主として、また、王として誕生されます。地上の王を求めていた民はやがてイエスに失望し、十字架に付けてしまいます。イエスキリストは、この世の地上にある政治的な支配者ではなく、私たちの罪を贖う方であるとともに、神の国を生きる者の王だったのです。
 来聖日は、待降節第一週目です。まことの王として来られたイエス様を、迎える備えをする日の始まりです。私たちの国のかたちがどのようになっていくにしても、イエスを王とし、この方にお仕えする思いを忘れないようにしなければなりません。

黙示15:3,4

彼らは、神のしもべモーセの歌と小羊の歌とを歌って言った。「あなたのみわざは偉大であり、驚くべきものです。主よ。万物の支配者である神よ。あなたの道は正しく、真実です。もろもろの民の王よ。主よ。だれかあなたを恐れず、御名をほめたたえない者があるでしょうか。ただあなただけが、聖なる方です。すべての国々の民は来て、あなたの御前にひれ伏します。あなたの正しいさばきが、明らかにされたからです。」

 

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