フォト
無料ブログはココログ

« 福音のはじめ  マルコ1:1-15  2014.12.7 | トップページ | 下り、引き上げてくださる方 ルカ1:26-38 2014.12.21 »

2014年12月14日 (日)

人となられた神を見よ ヨハネ1:14-14 2014.12.14

主のご降誕、クリスマスとは、イエスキリストの誕生のことです。神学的な意味は、ことば(ロゴス)である神が人となってこの地上に住んでくださった、ということです。「受肉」といいます。
 ヨハネはイエス誕生の物語を描く代わりに、その意味を書き表しました。神が私たちと同じ人間となるというのは、考えらなくもないようなことですが、神秘に属することだと思います。多くの世界にある神々の物語は、人間生活の延長のように感じられますが、受肉とはそのようなものではありません。
 神が人となるという神秘を、一つの詩で表した作品があり、カンタータ形式の歌曲にもなりました。「或るクリスマスの出来事」というタイトルで、CDによって聴くことができます。
 神が人となってくださったので、罪の中に縛られている人間を救ってくださることができます。イエス様は神ですが、その生涯は、人としての苦しみや悲しみを経験し、ついには母よりも先に罪人として処刑されるという、最も大きな恥を忍ばれました。しかしこの方は、恵みと真に満ちておられたのです。人は律法を守ることができず、律法によっては罪の意識が増すだけです。そんな私たちのために、律法を守り行うことによってではなく、ただイエス様を信じることによって救われるという道を開いてくださいました。まさに、これが恵みなのです。その道を開いたイエス様自身が真理であり、父なる神様に至る道そのものでした。

ヨハネ 14:6
  イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
  わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。

 神様は霊ですから、肉眼によってみることや、理屈によって知ることはできません。しかし、イエス様の生涯を聖書から学び、心の巡礼としてイエス様の生涯を追っていくとき、神様を見ることができるのです。私たちの日常生活の中に、神様のおられることを心から知ることができるのです。
 私は茶道の稽古に通っていますが、学びの基本姿勢は先生や人の点前を見る、ということです。しっかり見ていないと、自分が点前座に座った時、同じようにできないのです。見ているようで実は何も見ていないということを、感じさせられます。世の人々は、イエス様のことを知っています。しかしその本当の姿を見ることができているでしょうか。誕生から始まるイエス様の生涯を自分の物語と重ね合わせることによって、神となってくださったお方をしっかりと見て過ごしましょう。

 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。へブル12:2


 

« 福音のはじめ  マルコ1:1-15  2014.12.7 | トップページ | 下り、引き上げてくださる方 ルカ1:26-38 2014.12.21 »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 人となられた神を見よ ヨハネ1:14-14 2014.12.14:

« 福音のはじめ  マルコ1:1-15  2014.12.7 | トップページ | 下り、引き上げてくださる方 ルカ1:26-38 2014.12.21 »