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2015年3月 1日 (日)

神の義とあわれみ Ⅱサムエル12:7-15  2015.3.1

         

                              
 
    

    

    

    
    
   

 先週、「226日に韓国の憲法裁判所は、配偶者がいながら配偶者以外と性的関係を持つことを罰する刑法の姦通かんつう罪について、国民の性的自己決定権と私生活の秘密の自由を侵害するとして、これをする決定を下した、というニュースがありました。そして姦通罪を罰する法律が、廃止されたということです。
 全イスラエルの王となったダビデの最大の汚点は、この姦淫と殺人の罪でした。家来であるウリヤの妻と性的な関係を持ち、彼女が身ごもったと知ると、ウリヤを家に帰すようにするのですが、帰らなかったため戦場の矢面に出すよう指示し、彼は戦死してしまいます。そのことの重大さいと罪であることを指摘したのが、預言者ナタンでした。そしてダビデは、ナタンのことばによって罪を示され悔い改めるのです。
 ここでいう罪とは、ダビデが気付いた罪とは、姦淫と殺人のことだけではありません。このようなことをどう扱うかは、時代によって国によって違うのです。先に述べた韓国の事例は、そのことを良く表しています。ダビデがこの出来事を詠んだ詩篇3251によれば、神様の御心を損なったこと、神の道から外れてしまったことが罪の根本であることに気づいて、悔い改めたことがわかります。
すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず(ローマ3:23)とあるように、罪とはその言葉の意味の通り、自分勝手に的外れにふるまうことなのです。
 しかしダビデは、神様から赦しを受けました。神様の真実さとあわれみがあったのです。
「もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。」(1ヨハネ1:9) 
 たしかにバテシェバとの間に生まれた子供は死んで罰を受けなくてはなりませんでしたが、2番目の子供王位をつぐものとなり、バテシェバはその名こそ出ていませんが、ウリヤの妻として救い主の系図に記されるようになるのです。姦淫の現場で捕えられ、引っ立てられてきた女性に対して、イエス様の撮った行動の中に、神様の義とあわれみが示されています(ヨハネ8:1-11)。私たちもその中で、神に立ち返る者とされましょう。

見てごらんなさい。神のいつくしみときびしさを。倒れた者の上にあるのは、きびしさです。あなたの上にあるのは、神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り落とされるのです。ローマ11:22


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