フォト
無料ブログはココログ

« イエスの道を行く  マルコ10:32-35  2015.3.22 | トップページ | 再びお会いできる日  マルコ16:1-8  2015.4.5 »

2015年3月29日 (日)

受難週から復活祭へ 2015.3.29

本日の棕櫚の主日(枝の主日)から始まる土曜日までの一週間を、受難週(カトリックでは聖週間)という。十字架に付けられたイエスキリストの受難と死を悼み、自ら悔い改めの日を過ごして復活の日を迎えるのである。
 福音書には、イエス最期の一週間が描かれているが、時系列ではマルコの福音書がわかりやすいと思う。日曜日は、人々が棕櫚の葉を打ち振る中、ロバの子に乗ったイエス様がエルサレムに入られる。月曜日は、途上でイチジクを呪い、神殿をきよめ、「わたしの家はすべての民の祈りの家と呼ばれる」と言われた。火曜日は終末に関する説教をされている。マリヤの香油注ぎは水曜日であり、この日イスカリオテのユダは、イエス様を売る決意を決める。木曜日は、過ぎ越しの食事の席で弟子たちの足を洗われ、パンと盃を取って聖餐の定めを行い、ご自分の愛を余すところなく示された。逮捕されたイエス様は金曜日に十字架に付けられ、午後
3時ごろ息を引き取られた。この金曜日を英語でグッドフライデーというが、このグッドは教会によって聖別された日、または季節のことを指す。土曜日は、イエスが墓で安息した日ということで、昼間は特別な行事はない。私たちの罪の贖いのために墓に葬られたイエスを思い起こすには良い日であると思う。そして、日曜日、主イエス様のよみがえりの日を迎えるのである。

20年近く前、アンジェラ・ワイダ監督の映画「聖週間」を観た。ナチスによる、ゲットーのユダヤ人絶滅作戦を描いた映画である。聖金曜日のミサで、教会に来た婦人がキリストの磔刑像にキスしたとき、彼女の夫はゲシュタポに射殺されてしまう。暗く切なく、そして重い結末であった。しかしワイダ監督は、このような暗さと死の向こうに、主イエスの復活を描こうとしていたのではないかと思う。
 丘の上では、桜の木を含め、新芽が大きく膨らんでいる。小さな草花も盛んに芽を出し、鳥のさえずりが良く聞こえるようになった。春の祭典、復活祭はすぐそこまで来ている。

« イエスの道を行く  マルコ10:32-35  2015.3.22 | トップページ | 再びお会いできる日  マルコ16:1-8  2015.4.5 »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 受難週から復活祭へ 2015.3.29:

« イエスの道を行く  マルコ10:32-35  2015.3.22 | トップページ | 再びお会いできる日  マルコ16:1-8  2015.4.5 »