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2015年6月13日 (土)

福音にふさわしく ピリピ1:27-30  2015.6.14

 NHKのテレビ番組「LIFE!~人生に捧げるコント~」という番組があります。きついことばでも笑いながら、「そうだよな~!」と思わず共感してしまう、面白いコント番組です。
 時代の変化と共に、私たちの生活様式、ライフスタイルは変わってきました。同時代でも、年代や地域によって、かなり異なるライフスタイルというものがあると思います。信仰生活、いわゆるクリスチャンライフも、その時代や年代の影響を受けて変わってきています。しかし変わることの無い、聖書から教えられることがあるでしょう。
 ピリピの教会の人たちを思いやりながら、獄中からしたためたパウロの書簡には「キリストの福音にふさわしく生活しなさい」と、明確に信仰生活の基本が示されています。27節と18節にかけて、そのことを表す3つの動詞が使われています。それは、霊を一つにして立つこと、心を一つにして奮闘すること、そして反対者たちに驚かされることがない、ということです。一言でいえば、自立した信仰者である、ということです。
 しかしイエス様を信じた者は、毎日が順風満帆で、何の苦労もないということではありません。福音は、イエスキリストの物語であり、イエス様が受けられたように、キリスト者は苦しみを受けることがあるのです。それは、キリストのための苦しみを賜ることなのです。イエス様が受けられた最も大きな苦しみは十字架の刑ですが、捕えられる前のゲッセマネにおけるイエス様の姿も、壮絶な苦しみを表しています。弟子たちと過ごした過ぎ越しの食事ののち、真っ暗なゲッセマネの園に行かれました。ユダは裏切って自分を捨て、やがてお供をしているペテロたちも自分を見捨ててしまう。十字架と復活の後、教会が誕生しますが、教会の信者たちの行く末を思って苦しまれたことでしょう。あまりの悲しみのゆえに、汗が血潮のようにしたたり落ちたのです。イエス様は、このような苦しみの場面から、逃げ出すことはありませんでした。苦しみにあった時、その中にとどまることが、実は勝利に続いていくのです。
 苦しみの中でのイエス様の祈りは、自分の思いに従うのではなく、父なる神様の御心に従うことができますように、というものでした。またこう言われた。

「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」マルコ14:36
 これこそが、私たちにも必要な心の姿です。福音にふさわしく生きる者の、姿なのです。み使いが、イエス様を励ましたと、聖書は語っています。このような思いを持つものを、今でも神様は強めてくださって、苦難の場所から立つことができるようにしてくださるのです。キリストイエスの心を私たちの心とする、それが福音にふさわしく生きる者の、秘めたる姿です。
 
いったい、「だれが主のみこころを知り、主を導くことができたか。」ところが、私たちには、キリストの心があるのです。1コリント2:16

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