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2015年8月23日 (日)

しかしあなた方は新しくされた 1コリント6:1‐11 2015.8.23

         

 

 人間を3種類に分けている面白い箇所があります。パウロが記している、コリント人への手紙13章に、このように書かれています。
「さて、兄弟たちよ。私は、あなたがたに向かって、御霊に属する人に対するようには話すことができないで、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように話しました。私はあなたがたには乳を与えて、堅い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。あなたがたは、まだ肉に属しているからです。あなたがたの間にねたみや争いがあることからすれば、あなたがたは肉に属しているのではありませんか。そして、ただの人のように歩んでいるのではありませんか。」
 ただの人とは、キリストを信じていない人のことです。御霊に属する人とは、キリストを信じ、聖霊によって導かれた日々を送っている人のことです。では、肉に属する人とはどんな人のことか?キリストを信じていても、まるで未信者のようにふるまっている人のことで、そこには妬みや争いがあるというのです。
 コリントの教会にも、不品行や金銭をめぐって争い事がありました。その解決のために、未信者にその調停を頼んだようでした。かつてパウロも自分の身の潔白を建てるために、カイザルの法廷に上訴したことがありました(使徒25:11)
 ここで取り上げているのは、もめ事をキリスト者の交わりや教会の中で解決することをせず、それらを飛び越えて未信者に問題を訴えていることが間違っている、ということでした。真の裁き主は、まことの神であるイエス様であり、そもそも訴え会うこと自体が敗北である、というのです。イエス様が苦しみを受けられたように、不正をも甘んじて受けることがどうしてできないのか、とパウロは嘆いているのです。
 不正を許してよいというのではありません。ここに新しい生き方があるのです。11節の後半は直訳すれば「しかしあなた方は洗われた、しかしあなた方はきよめられた、しかしあなた方は義とされた、イエスのみ名のゆえに、神の霊のゆえに」となります。三位一体なる神様が、イエスを信じる者を新しく造り変えてくれた、というのです。このような自分の新しい身分から争い事取り上げれば、もっと違った道が見えてくるのではないか、というのがパウロの真意でしょう。
 何かをする前に、自分はどのようなものとされたのか、キリストにある者は新しくつくりかえられた者であることをわきまえる時、この世の人とは違う生き方が生まれてくるのです。
  「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古い

ものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」2コリント5:17


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