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2015年9月 6日 (日)

主の召しに応える 1コリント7:17-24  2015.9.6

この7章は、コリントの人たちが持っていた疑問や質問にパウロが答えるという形で書かれています(7:1)
 1-7には、結婚は不品行を避けるためにも良いことであること、8-16には、未亡人や未信者の配偶者を持つ夫婦への勧め、17-24には、割礼や奴隷の身分をどのように考えるかについて、25-38には、独身であることと未婚の娘を持つ親への勧め、そして39,40には、再婚について書かれています。
 本日の説教箇所は、17-24です。この中で鍵となるのは「召された時のままでいなさい」という言葉です(17,20,24)。そして、割礼と奴隷の身分が取り上げられています。割礼は、ユダヤ人男性が生殖器に受けている手術でした。パウロの時代になると、教会にはユダヤ人だけでなく、割礼を受けていない異邦人も加わっていました。救いはユダヤ人だけのものではなく、古い律法にとらわれずイエス様を信じる信仰によるものであるということから、割礼を受けた人たちの方がなんとなく肩身の狭い思いをするようになったかもしれません。それで割礼の跡を消す人たちが、あらわれたようです。しかし
「キリスト・イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なことではなく、愛によって働く信仰だけが大事なのです。」(ガラテヤ5:6というみ言葉を思い起こさなくてはなりません。
 また、奴隷という言葉はしもべとも訳されている言葉です。パウロは自由人でしたが、イエス様のしもべ、奴隷だったのです。
「神の福音のために選び分けられ、使徒として召されたキリスト・イエスのしもべパウロ」(ローマ5:1)
 ここで大切なのは、このように私たちを召してくださったのは、イエスキリストによる贖いの御業に基づいているということです。十字架の死と復活により、人は罪から救われ、新しい人とされたのです。
 確かに、ジョンニュートンのように、神の召しをいただいた後、すなわち回心の後、新しい身分になって主のために仕えた人がいました。彼(John Newton1725 - 1807年)は、イギリスの海軍兵士から奴隷商人を経て牧師となった人物であり、賛美歌「アメイジング・グレイス」の作詞者として知られています。回心後、奴隷貿易反対運動に関わりましたが、下院議員を辞めて聖職者になりたいというウィルバーフォースの希望を断念させ、福音主義の議員の立場から奴隷貿易反対をすべきであると忠告したのです。自分は身分を変えたけれど、あなたは召されたままでいることの方が主のしもべとして奉仕できる、と諭したのでしょう。180781歳の時、英国国会法で奴隷貿易の廃止が決定される。そのあと、ニュートンは主のみもとに召されたのです。
 大切なのは、自分や人の意見に従うことではありません。あなたを召してくださったイエス様のみこころをのうちに歩むことなのです。

「さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。」エペソ4:1

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