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2015年11月 8日 (日)

イエスをいただく ヨハネ6:34-40 2015.11.8

5つのパンと2匹の魚で、5千人以上の人たちの空腹を満たしたというパンと魚の増加の奇跡の後、大勢の人たちがイエスを求めてやってきました。その人々を前に、神様は天からパンを与えたという話をされました。この物語の背景は、モーセに率いられてエジプトから脱出してきた人たちが、マナと呼ばれた食物によって飢えをしのいだという出来事です。
 それを聞いた人たちは「主よ、いつもそのパンを私たちにお与えください!」と言ったのです。私たちも同じようなことを言うでしょう。昔から古今東西、不老不死の薬を求めたり、長寿を全うすることを願った話があるように、人は命のパンを求めるものです。
 そんな人たちにイエスは、「わたしがいのちのパンである!」と宣言されたのです。このパンをいただくとは、イエスを信じることです。イエスはパンなのですから、イエスをいただくといってもおかしくはありません。しかしながら、人々は奇跡を見ても、あるいはイエスを見ても、信じることができませんでした。イエスをいただくことは、まれでした。そこに人の罪があります。罪とは、イエスを拒絶し、み言葉に従わないことです。これが人の不幸の源です。まさに、原罪なのです。しかしイエスを信じた者には、永遠のいのちが与えられる、これは神の約束であり、イエスの宣言であり、教会が昔から今も、そしてこれからもこの世の人々に語っていくメッセージなのです。
 イエスを信じる人が永遠のいのちを持つということは、どのようにしてわかるのでしょうか。永遠に生きていくような力や感じがするのでしょうか。それとも、聖人のような素晴らしい人間になることが、その証なのでしょうか。み言葉にこその証しがあります。
「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」1ヨハネ5:13 
 パンやご飯を食べても、また空腹になります。地上の生活が続く限り、栄養を補給しなければ人は生きていけません。同じように、イエスを信じて新しくされた者も、霊の糧を日々いただく必要があるのです。それは、いのちのパンであるイエスをいただくこと、すなわち聖書を心に蓄えることです。ノーバイブル、ノーブレックファスト。朝食の前に、まず聖書を読む、これが永遠のいのちに至る道の糧なのです。

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