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2016年5月

2016年5月15日 (日)

教会の誕生 使徒2:40-47  2016.5.15

本日は、教会の暦で「聖霊降臨日」と言い、教会の誕生日ということになっています。
 イエスの十字架、復活、そして昇天と続いた紀元30年ごろ(あるいは33年ごろ)ユダヤの三大祭りの一つ、五旬節の祝いがエルサレムで行われていた時のことです。信者の家に集まっていた人たちに聖霊が臨み、彼らはいろいろな国ことばで神様を賛美し、神のことばを語りだしたのです。ローマ帝国内の各地からやってきていた人たちはこれに驚き、ペテロの説教に心を打たれて回心し、洗礼を受けて信者の集まりに加えられたのでした。その数およそ3000人、あっという間にエルサレムに教会が生まれたのです。
 彼らの様子を表せば、信仰の土台となっていたのは、神様のことば、聖書でした。聖書にこそ、救いの根拠がかかれているのです。
Ⅰヨハネ5:13「私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」
 この人たちは、水の洗礼を受け、弟子となりました。イエスに従っていくことを表明したのです。洗礼式は、聖書が全部わかりキリスト教徒として立派になったから受けるものではありません。例えれば卒業式ではなく、入学式のようなものなのです。古い自分に死んで、新しくキリスト共に生きていくとの証し、信仰の告白でもあるのです。彼らは、聖書と祈りを大切にし、お互いに助け合うために持ち物を共有していました。これまでにない、新しい交わりが生まれたのです。彼らは家々に集まって礼拝をささげ、パンを裂いてイエス様を思い起こしていたのでした(今日の聖餐式)。これが生まれたばかりの教会の姿でした。今日では、教会は全世界に建てられています。為政者がその信仰を認めていないところで建物はなくても、キリストを信じる人たちの群れ(グループ)があるのです。
 確かに教会は、聖霊の力によって生み出されたと言っていいでしょう。しかしそれとともに、あなたが親の愛によって誕生したように、教会も神様の大きな愛によって生まれたことを忘れてはなりません。伝道の旅をしていたパウロは、ミレトでエペソの教会の長老を集めてこう言いました。
「あなたがたは自分自身と群れの全体とに気を配りなさい。聖霊は、神がご自身の血をもって買い取られた神の教会を牧させるために、あなたがたを群れの監督にお立てになったのです。」使徒20:28
 そのエペソの教会には「夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」エペソ5:25と書き送りました。
 教会は、神様の大きな意に包まれ、イエスキリストの流された血潮によって贖われているのです。私たちもその教会の一員として、神様の愛に生かされて、その務めを果たしてまいりましょう。


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