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2016年6月29日 (水)

江戸切支丹屋敷 その後

 今年4月に、切支丹屋敷跡から発見された3体の人骨のうち、中央に葬られていたのは最後の伴天連シドッチではないかという記事をアップした。その後屋敷の跡地を訪れ、関連書籍や資料を見るうちに、いろいろなことがわかってきた。3体の人骨が発見された場所も特定できた。そこは新たに建てられたマンションの北側の玄関にあたる。

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 最近クロドヴオ・タシナリ神父の著書「殉教者シドッティ」と、宮永孝氏の「東京キリシタン屋敷の遺跡」という小論を読んだ。そこにシドッチが最後に入れられという地下牢のことが掲載されていた。この屋敷にあった地下牢とは、地面に縦穴を掘り、そこから横に通路つけて、4~6個くらいの穴を掘っただけのものである。背の高かったシドッチは、ず~と腰を曲げたままでなければいられないほどのスペースであり、牢獄というよりもきつい折檻の場所である。そんな中に入れられてもなお、主に対する信仰を持ち、彼が導いた長助夫妻のために祈っていたシドッチ宣教師がいたのである。
 この地下牢の上に建てられた住宅の一つが、S氏宅である。 2冊の著作の中には、切支丹坂にあるこのS氏のお宅が、シドッチ記念館になっているとあった。今までもこのお宅の呼び鈴を押したことはあったがお留守であったので、ぜひともお話を伺ってみたいと思わされている。もう一二度、茗荷谷駅に降り立たなくてはいけないようである。
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 7月には、今回の発掘に伴う新しい資料が教育委員会から出されると思う。これもまた楽しみではある。

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