フォト
無料ブログはココログ

« 荒みから慰めへ  ヨハネ20:26-31  2017.4.23 | トップページ | 創造のみわざ 創世記1:24-31 2017.5.7 »

2017年4月30日 (日)

初穂となられたキリスト  2017.4.30 1コリント15:20-28

 

本日で、4月は終わりとなり、明日からは5月、皐月となります。この時期に降る雨のことを、穀雨、と言います。地上の穀物に実りをもたらす雨が降り注ぐ、という意味です。 本日の聖書箇所は、主イエス様の復活を、初穂に例えているところです。麦の穂が色づいていることを麦秋と言います。この場合の秋は実りという意味らしいです。ここでは、イエス様の復活を初穂に例えています。初穂というのは、その字のごとく、穀物の収穫で最初のものであり、それは神様にささげられた特別な物です。ここから穀物だけでなく、季節ごとに最初に取れるものを初物と呼び、また神様にささげるだけでなく他の人に分かち合ったりして、その喜びを共に感じるようになってきました。聖書の背景であるイスラエル社会では、初物をささげることは全体をささげることであり、自らの心を神様にささげることを意味していました。レビ23:10-14.

 実に、神様に造られた秩序ある美しい世界の営みが失われたのは、ほかならぬ人間によるのだ、というのが21節にある「死がひとりの人を通してきたように」と言う言葉の意味なのです。アダムとエバが、禁断の木のみを食べた、という出来事です。二人は、すぐ死んでしまったのではありません。これは霊的な死、神様との親しい交わりが切れてしまったことを言っているのです。木の実を食べた二人は、神様を避けて逃げ出し、隠れてしまったのです。
 初穂、初物は神様にささげられるものです。それと同じように、キリストも神様にささげられました。これは一度限りのことであり、イエスを信じる者はすべて、罪を赦される、きよめられるということでした。そしてそれは人間にだけとどまるのではありません。人の堕落によって失われた創造の秩序の回復、自然界の回復をも成し遂げるのです。ローマ8:22-23 復活に順番があるというのは、この世界の秩序が回復していく様を表しています。26節は、肉体の死を味わわないというのではなく、神様との生きた親しい交わりが回復されることです。肉体の死は人間の終わり、エンドではなく、愛する者と会える場所への門なのです。キリストは、全人類の初穂として父なる神様にささげられ、私たち人間だけでなく、神に造られたた世界の創造の秩序を回復してくださったのです。

引用聖句
レビ23:10-14 「イスラエル人に告げて言え。わたしがあなたがたに与えようとし
  ている地に、あなたがたが入り、収穫を刈り入れるときは、収穫の初穂の束を
  祭司のところに持って来る。祭司は、あなたがたが受け入れられるために、そ
  の束を【主】に向かって揺り動かす。祭司は安息日の翌日、それを揺り動かさ
  なければならない。あなたがたは、束を揺り動かすその日に、【主】への全焼
  のいけにえとして、一歳の傷のない雄の子羊をささげる。その穀物のささげ物
  は、油を混ぜた小麦粉十分の二エパであり、【主】への火によるささげ物、な
  だめのかおりである。その注ぎのささげ物はぶどう酒で、一ヒンの四分の一で
  ある。あなたがたは神へのささげ物を持って来るその日まで、パンも、炒り麦
  も、新穀も食べてはならない。これはあなたがたがどこに住んでいても、代々
  守るべき永遠のおきてである。
創世記1:31 神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良
  かった。夕があり、朝があった。第六日。
ローマ8:22-23  私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産み
  の苦しみをしていることを知っています。そればかりでなく、御霊の初穂をい
  ただいている私たち自身も、心の中でうめきながら、子にしていただくこと、
  すなわち、私たちのからだの贖われることを待ち望んでいます。

« 荒みから慰めへ  ヨハネ20:26-31  2017.4.23 | トップページ | 創造のみわざ 創世記1:24-31 2017.5.7 »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 初穂となられたキリスト  2017.4.30 1コリント15:20-28:

« 荒みから慰めへ  ヨハネ20:26-31  2017.4.23 | トップページ | 創造のみわざ 創世記1:24-31 2017.5.7 »