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2017年8月

2017年8月20日 (日)

神の御手の中で エレミヤ8:1-12  2017.8.20

         

   

本日の聖書箇所は、エレミヤが生きていた時代の出来事ともに、神様を陶器師、そして人間をその手中にある陶器(作品)に例えて語られているところです。人は神様の作品です。そして、神様によって私たちが回復されるとき、最も美しい作品となっていくことでしょう。陶器師が使う材料は、粘土です。どこにあるかと言うと、地に埋もれているわけです。ものすごい圧力を受けているのです。掘って取り出すのです。このことは、神様が私たち一人一人を見出し、ご自分の作品としてくださろうとしていることに、たとえられます。

コロサイ1:13
神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子のご支配の中に移してくださいました。

神様は、私たちが埋もれ、圧迫されていても、掘り起こして、すばらしい作品にしようと、日の目を見ることができる世界、すなわち、神の愛の世界に取り込んでくださっているのです。粘土の特徴的な性質として、造り手によって自由な形に造ることができる(可塑性)、ということです。そして焼く前であれば、何度も形を造り変えることができます(可逆性)。私たちの人生は、確かに一度きりです。なので、人生をやり直すことは、できない、のでしょうか。そうではないのです。確かに、時間的には戻ることができないのですが、神様によって新しく造り変えられ、あなたらしい生涯を送ることができるのです。

イザヤ書 648
【主】よ。今、あなたは私たちの父です。私たちは粘土で、あなたは私たちの陶器師です。私たちはみな、あなたの手で造られたものです。

 焼くというのは、作品造りの最後の工程です。窯の中では、彼の思い超えたことが、起きるのです。
このことも象徴的です。私たちも、自分の身が焼かれるような辛い経験をいたします。しかしそれは、神様に造られた元々のあなたらしいものとなるための、テストなのかもしれないのです。

Ⅰペテロ 1:7
あなたがたの信仰の試練は、火で精錬されつつなお朽ちて行く金よりも尊く、イエス・キリストの現れのときに称賛と光栄と栄誉になることがわかります。

この粘土がかたちづくられて作品になるために、小石や木の根などの不純物を取り除くことは、悔い改めを表します。

Ⅰヨハネ1:9

もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

自己中心を止め、神に造られたものとして新しく造られていく、それは、悔い改めるところから始まります。あなたを愛して、暗闇の圧制からすくい出してくださった神様は、あなたを最も素晴らしい作品にしようと、今日もご自身の手の中においてくださっているのです。

コロサイ3:9-10

互いに偽りを言ってはいけません。あなたがたは、古い人をその行いといっしょに脱ぎ捨てて、新しい人を着たのです。新しい人は、造り主のかたちに似せられてますます新しくされ、真の知識に至るのです。


2017年8月 6日 (日)

剣か鋤か  イザヤ2:1-5 2017.8.6

 ある米国の戦略家が、「徹底的に戦争をしつくさなければ、本当の平和など訪れない」と言ったそうです。二つ原爆が投下され、無条件降伏をした私たちは、まさに地球上のどの国にも勝って、平和を求める国民であると思います。
 しかしながら、今の時代、戦後レジームを脱却して、また戦前に戻ってしまう危うさを感じます。


 本日のテキストは、イスラエルの歴史の中で、南王国ユダで活躍した預言者、イザヤによるみ言葉です。彼がいた時代は、北王国イスラエルが滅び、南王国ユダもアッシリヤ、それを滅ぼしたバビロニア帝国の圧力を受けている時代でした。平和な時代ではなく、争いの絶えない時だったのです。そのような中で記されている、4節の言葉は、遠い昔の教訓ではなく、今の時代にこそ聞くべき神様のことばです。「主は、国々の間をさばき、多くの国々の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。」
 
 かつてイエス様は、ゲッセマネの園で、ローマの兵士たちにつかまりました。その時、イエスを守るために弟子の一人が剣を抜いて、兵士に打ちかかったのですが、主は叫ばれました。マタイ 26:52「 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。」」と。そして5節には、「私たちも主の光に歩もう」と言われています。戦争は、闇の世界です。しかし、平和は人々に光と希望を与えます。
 
 今の時代は、どちらを取るかと言われれば、多くの人や国が、剣と槍だ、と答えるでしょう。イエスの言われた平和の道は、人が土をいじり、汗を流して使う、鋤や鎌を使う営みにあるのです。

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