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2018年4月15日 (日)

信仰によって生きる ハバクク2:1-4  2018.4.15

ハバククが預言者として活動した時代は、南王国ユダが周りを取り囲まれている強大な国から圧迫を受けている時でした。ペルシャやエジプトも倒され、やがてユダもバビロニア帝国に捕囚の民となって連れ去れるようになる、そんな苦難の時代でした。
 本書の中心聖句は、2:4の「正しい人はその信仰によって生きる」という言葉でしょう。カトリックのフランシスコ会訳聖書では「見よ、心がまっすぐでない者は崩れ去る、しかし、正しい人はその誠実さによって生きる。」となっていました。解説には「『生きる』と対応させて、崩れる、気を失う、衰えるなどの意味の言葉に読み替え『崩れ去る』と訳した」とありました。
 現代でも、生きるということはいろいろな場面で使われる、大切な言葉であり、文字通り生きることは価値のあることです。季節ごとの旬の食材をたべるのも、命をいただいて人間が生きることを味わう具体的な行為です。ハバククは、人が生きるのは偶像から立ち返って、この天地を造り私たちを愛している神様を信頼していくことこそが、真に人を生かすと言っているのです。このみ言葉は、新約聖書に3回引用されています。
ローマ1:17 福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるか
  らです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
ガラテヤ3:11  律法によって神の前に義と認められる者が、だれもいないという
  ことは明らかです。「義人は信仰によって生きる」からです。
へブル10:38 わたしの義人は信仰によって生きる。もし恐れ退くなら、わたしの
  心は彼を喜ばない。」
 特に、ローマ1:17は、宗教改革者のマルティン・ルターが引用した言葉として有名です。彼はこのみ言葉を一瞬にして悟ったというのではなく、彼の内面の葛藤、家庭内で子供をなくすという苦しみ、そして聖書を学ぶ苦しみの中で、ようやく人は信仰によって神の前に正しい者とされることに行きあたったのでした。この辺りのことは、宗教改革500年の節目であった昨年、NHKR2のカルチャーラジオで放送されていました。私たちにも、苦難や葛藤があります。一瞬にしてそのような苦しみから解放されるということよりは、その中にあって神を待ち望んでいく、そのようなことの中から次第に生かされていることを味わうようになることでしょう。

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