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2018年7月22日 (日)

神の愛の現れるところ  ヨハネ13:31-35  2017.7.22

本日は、丘の上会堂にて合同礼拝です。今年度のテーマは、礼拝と交わりですが、本日の午後は交わりをみなさんで持ちましょう、ということになっております。
 交わり、聖書ではコイノニアという言葉が使われていますが、共有する、分かち合うという意味があります。交わり、コイノニアは初代教会の姿であり、今日まで受け継がれているキリスト者の営みです。交わりというと、すぐに食事をしたり、お茶を飲みながらお話をする、といったことが思い浮かびますが、それは一面にすぎません。使徒の働きに描かれ、パウロの書簡に見る教会の交わりの姿は、実に多様です。食事の配給や、孤児や未亡人の世話をしたり、災害でダメージを受けた教会のために援助物資や献金を送ったりしています。福音が伝えられていくことも、交わりです。
 それらすべては、神様の愛の現れです。神様の愛は、実に教会にあらわされたのです。逆に言えば、愛が見られない集まりは、どんなに立派な会堂やプログラムがあっても、教会とは言えないのではないでしょうか?神様の愛は、何よりもまず、イエスキリストの十字架にあらわされました。私たちを愛するがゆえに、神の御子が命をなげうって、罪から救ってくださったのです。そして、私たち自身の中に、神様の愛が現されています。まず、神が私たちを愛してくださったからです。

 ローマ5:8しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。

 
 
なぜ神の愛は、このように教会、十字架、そしてイエスを信じる者にあらわされたのでしょうか?それは、神様ご自身が愛の交わりを持っているお方だからです。お一人の神ではあるが、父として、子として、そして聖霊のとしての位格(人格といいたいが、人ではないので位格という)が親しい交わりをもっておられるのです。これはまさに、神秘です。人の理解を超えた、深い神の愛が現されているのです。
 新しい週、あなたはどのようにして、この神様の愛を表していかれるでしょうか。暑くて大変な今年の夏です。ちょっと辛い、夏ですね。私たちの交わりの中に神の愛が現される時、周りの人達はそこに集っているのはキリストの弟子であることに気がつくのです。そうして神の国の福音は、広がっていくのです。

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