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2018年11月18日 (日)

朝を迎える幸い  詩篇3:1-8  2018.11.18

 独身時代の時、いわゆる夜逃げをしてきた家族と一緒になった時がありました。その人たちはどうなったのかなあと思ってしまいますが、何かにおわれているという感覚は、あまり良いものではないでしょう。

 本日の詩篇は、あろうことか王であるダビデが、息子の一人であるアブシャロムに追われて逃げていたときの歌です。このような表題は後世につけられたものなので、詩の背景を必ずしも正確に表していないかもしれません。しかし、詩篇の内容を理解するためのリアル感を与えるもので、読む者には役立つものです。ダビデがアブシャロムから逃れている様子は、2サムエル15-17に記されています。

 この物語は、ダビデは助かってエルサレムに戻り、アブシャロムはダビデの家来に打ち取られてしまう、という結末を迎えます。ダビデの逃亡先は、ヨルダン川の東側、ヤボク川に面したマハナイムという町でした(2サムエル17:24)。ダビデは王宮を出たのち、オリーブ山を登って降りて、荒野を通ってヨルダン川を渡り、マハナイムに着いたのでしょう。

 12節には、自分の周りは敵に囲まれていて、命の危うい様子が描かれています。しかし3節で、神は自分を守る盾のようなお方なのだと歌います。主に呼ばわっているダビデには、聖なる山、シオンから助けがある、すなわち、神の助けがあると4節に歌っています。そして、56節では、このような危険な目に合っても安心して眠ることができる、そして翌朝目を覚ますことができる幸いを歌っているのです。

 枕が変わると眠れないとか、真っ暗だと眠れないとか、朝の目覚めが悪いなどという方がありますね。眠りたいのに眠れない、という方も結構おられます。しかしダビデは、王宮の豪華なベッドではなく、岩がごつごつところがっているような荒野でも、ゆっくりと眠ることができる、と言うのです。医学的にどうしたら安眠でき、翌朝気持ちよく目覚めることができるのか、私は良く知りません。しかしここでは、敵に囲まれ、命を狙われているという危険極まりない状況の中でも、神様に信頼している信仰の故に、ゆったりと休んでいるダビデがいるのです。

 私たちも、信仰から来る平安を、いただくことができるのですね。78節は、自分の命を狙う敵を、滅ぼしてくださいという願いです。しかし、ここで考えてしまいました。ダビデの子アブシャロムは父に反逆し、人々の歓心を買って、自ら王位につこうとしていた人物でした。しかし、このような彼にはつらい過去、ある意味同情できることがあったのです(2サムエル1314をお読みください)。ちょっとこれは、アブシャロムに対して、厳しすぎるのではないかと思うのです。しかし、救いは主にあり、神の祝福がある。そこに目を向けたいと思います。

 

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