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2019年1月 6日 (日)

小さい者であることを悟る  詩篇8:1-9  2019.1.6

主イエスキリストの2019年、明けましておめでとうございます。本年も説教要約をつづってまいりますので、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

昨年「日日是好日」という映画を観ました。同名の小説を映画化したもので、樹木希林さんが全身がんに侵されながらも茶の湯の先生として出演されたことで、話題になりました。その一場面に、床の間に「瀧」という一文字が書かれており、そこから主人公が堂々と流れ落ちる滝をイメージするシーンがありました。軸はたとい読めなくても、眺めれば良いものだということを語る場面です。

丘の上教会の新年茶会では、「神」という一文字の軸が掛けられました。筆の最後はすうーっと下に引かれている、本田弘慈先生による書です。さて、この軸を観る人は、どんな「神」をイメージするでしょうか。映画のように映像で描くと、どのような場面になるでしょうか?

本紙には、創世記171節とあり、99歳になったアブラム(のちにアブラハム)に語られた神様の言葉で、ここに書かれている神とは全能の神であることがわかります。詩篇8篇の1節、3節にあるように、この世界のすべての基である神を表しています。それに比して、人間はなんと小さい存在でしょうか。しかしそんな小さな存在であっても、神が目を留めて生かしてくださっているということを歌っているのが4節の言葉です。

30年もの長きにわたり原因の分からない病に苦しんでいたある方が、こう書いておられました。「私は本物の宗教に出会えたと思う。それは自分がいかに小さいかということを知ることであった。…宇宙のなかの小さい自分に気づいてみると、自分が宇宙の懐に抱きかかえられているように感じられた。…何でもないことであった。この一つに気づいたことで、私の心はすっとほどけた。」その方の病の原因が後にわかり、病そのものを抱えながらも、良き隣人の支えもあり癒された日々を送っておられます。

これはまさに、待降節で学んだ、乙女マリアの心境でもあったと思います。小さな自分であることに気づくことは、実は圧倒的に大きな神様の懐に抱かれ、自分らしく生きていく力と希望を与えられることなのです。神様は、この小さな人間に、この世界を正しく治め、管理することを命じられました。不遜にも、おのれの力を過大に評価し、この世界を自分のものにしようとしたところに環境の破壊があり、独裁・恐怖政治が行われ、経済の営みにも格差が生まれてしまうのではないでしょうか。

小さい者であることを悟れば、自分だけでなく、他の人をも大切にする、そしてお互いが支え合って生きる喜びを知っていけることでしょう。

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