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2019年9月

2019年9月22日 (日)

復活のキリストを証しする  ルカ24:1-12  2019.9.22

明日23日は秋分の日です。国民の祝日で「祖先をうやまい、なくなった人をしのぶ」という趣旨になっているのは、この日が秋のお彼岸の中日でもあり、お墓参りをする風習を踏まえているからです。そんな日本の暦に沿った形で、イエスの墓をめぐる物語に、耳を傾けてみましょう。

イエスは「どくろ」と呼ばれている丘の上で十字架にかけられ(ルカ23:23)、そこで息を引き取りました。そしてイエスは取り降ろされて亜麻布に包まれ、真新しい「岩に掘られた墓」に葬られました(23:53)。イエスについてきた女たちが、その墓に納められる様子をしっかりと「見届けた」のでした(23:55)。丁寧にイエスのご遺体に香油を塗ることができなかったので、「週の初めの日の明け方早く」(24:1)墓に行ったのでした。今でいう、日曜日の早朝、日が昇るころの時間でしょう。行ってみると、墓の入り口をふさいだ大きな石はわきに転がされており、墓の中にはイエスのご遺体はなかったのです。すっかり途方に暮れてしまった女たちだったのですが、二人の人(み使いのことでしょう)が現れ、「あなたがたは、なぜ生きている方を死人の中で探すのですか。ここにはおられません。」と告げました。同じみ言葉が、丘の上の納骨堂に記されていますね。イエスは「よみがえられたのです」と言うのです。女たちは、イエスの言葉を思い出しました。「そうだ、十字架にかけられ、葬られたイエスはよみがえられたのだ!」こう確信した女たちは墓から戻り、11弟子やほかの人たちに自分たちがついさっき体験したことを告げたのです。もちろん、み使いの言葉も語ったことでしょう。しかしこれを聞いた人たちは、彼女たちの言ったことをたわごとと思い、だれも信じることはなかったのです。

かつてパウロがアテネで説教した時、そこに集まった人たちはイエスの十字架までは聞いてくれましたが、復活について話すと、多くの人は彼の前から去ってしまいました(使徒17)。イエスの復活、よみがえりを信じるのは、信仰によることです。墓が空だったことは、イエスの復活を証明していることにはなりません。そこにはいない、ということを表しているだけです。イエスの復活は聖書が語っていることであり、それを信じる理由は、聖書にそのように書いてあるからです(1コリント15)

 エルサレムの聖墳墓教会は、イエスの墓を覆うように造られた教会です。その教会の首席オルガニストの演奏を聴く機会がありました。彼は言います。「イエスの墓を見てオルガンを弾くということは、ものすごい感動がある。神がおられることを感じる」と。演目の一つが、「イエス、あなたはいのち」でした。復活のイエスは命そのものであり、私たちを生かすのです。そしてこの復活のキリストを証しすることこそが、キリスト者の使命なのです。

2019年9月 1日 (日)

なすべき備え マタイ24:3-14 2019.9.1

1923年(大正12)91日の正午少し前、甚大な被害をもたらした地震が発生し、関東大震災と名付けられました。現在では、91日は防災の日となっており、全国の市町村や企業で、いろいろな訓練が行われています。地震に限らず、日ごろから災害に備えることの必要性は言うまでもありません。大切なことは、そのような備えをちゃんと実行しているか否かだと思います。

イエスはご自分の生涯の最後の1週間の中で、弟子たちの質問に答える形で、終末のしるしと、それに備える信者の心構えと実際的なことを話されました。オリーブ山から語られたようなので、オリーブ講和ともいわれています。イエスの時代には、エルサレムにヘロデ王が建てた立派な神殿がありました。ネヘミヤ時代に再建された神殿を拡張、増築したものです。昨年エルサレム観光の中で、VRによって当時の神殿を体感することができました。たしかに、ヴァーチャルではなくリアルな立派な神殿を見た弟子たちは、この建物が永遠に残るだろうと思ったことがうなずけました。しかし、この世界にあるどんなに頑丈な建物も、必ず朽ちていくのです。大きな自然災害が起きれば、想定外のこととして、もろくも崩れ去ってしまうのです。イエス様が言われた終末とは、再びイエスが来られ、新しい天と新しい地がなるということです。しかしその前には、多くの苦難があり、世界規模の戦争が起こるのです。その時、終末であることを見分けるために、いくつかのしるしがあるのだと言われたのです。マタイ24によれば、それは偽キリストが現れ、戦争や戦争のうわさが起こることです。地震や飢饉も、そのしるしです。そのほかに、信者への迫害、つまずきや裏切り、愛が冷えていくことなども起こるのです。聞いた話ですが、今この時代に「私はキリストだ」と言っている人(団体)が何人もいるというのです。最近の出来事や国家間の争いのニュースは、まさに終末のしるしではないでしょうか。

そのような中で、私たちのなすべき備えは、なんでしょうか?イエスは「人に惑わされないように」と言われました。いろいろな情報に踊らされて、パニックなってはいけないのです。さらに、「福音は全世界に宣べ伝えられて」ともいわれました。狂信的になるのではなく、信者それぞれの生活の中でみ言葉を語り、キリストの素晴らしさを表す落ち着いた生活をすることです。そして自らの生涯の最期にも備える日々を送ることです。

アモス4:12 

それゆえイスラエルよ、わたしはあなたにこのようにする。わたしがあなたにこうするから、イスラエルよ、あなたの神に会う備えをせよ。

 

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