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2019年10月

2019年10月20日 (日)

地を受け継ぐ者  詩篇37:1-40 2019.10.20

台風15号に続いて、19号が大きな被害をもたらし、今もその復旧に向けて多くの方々が頑張っておられます。必要が満たされ、心と体の疲れが癒されるよう、お祈りいたします。

本詩篇も、ヘブル語のアルファベットが単語の最初に置かれて綴られている詩です。原文では基本的に、詩文が4行ずつ22のまとまりとなって書かれています。この作者はダビデであると表題に書かれていますが、25節からは、作者は高齢の人であると思われます。長い人生を送ったできた自らの人生を思い起こし、教訓、箴言を語るような詩篇となっています。

本詩篇で特徴的な言葉は「地を受け継ぐ」ということです。地は文字通り、地上のある場所を指す言葉です。しかし目に見える地理的広がりだけでなく、神の治めておられる領域としての地、すなわち神の国と理解して読むことができます。あなたのいる家庭、職場、学校、地域、そして教会など、自分のいるところに神が共にいてくださる、そこに生かされている、ということです。文語訳では「エホバを待ち望むものは圀をつぐべければなり」と訳されています。Earthでもあるが、landとも訳せるのではないでしょうか。

地を受け継ぐ、神の国を受け継ぐのは、どのような人でしょうか。5つの節を抜き出してみましょう。

9 悪を行う者は断ち切られを待ち望む者彼らが地を受け継ぐからだ。

11 しかし柔和な人は地を受け継ぎ豊かな繁栄を自らの喜びとする。

22 に祝福された人は地を受け継ぎ主にのろわれた者は断ち切られる。

29 正しい人は地を受け継ぎいつまでもそこに住む。

34 を待ち望め。主の道を守れ。主はあなたを高く上げ地を受け継がせてくださる。あなたは悪しき者どもが断ち切られるのを見る。

詩篇1436を見ると、悪者とは神を思わず、自分勝手な道を進む人のことです。そのような人は地を受け継ぐどころか、断ち切られてしまうのです。忙しい現代社会において、静まって神を待ち望むこと、すなわち、自らを吟味し神のみ心は何かを考え求める者が、地を受け継ぐことができるのです。どんな苦難があっても、そこが神の国であれば、大切な意図をもって神様はあなたをそこにおいてくださっているのでしょう。

これらの個所から、主イエス様の言葉が聞こえてきます。「柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。」マタイ5:5 この言葉に、真摯に耳を傾けたいものですね。

 

 

 

2019年10月 6日 (日)

泉と光に生かされる 詩篇36:1-12 2019.10.6

人間を含め、地上のすべての生き物は、水と光がなければ生きていけない、成長できないと言えるでしょう。本詩篇は、そのことを自然界(神に造られた世界)の営みの美しさを引用しながら描いている詩であると言えます。

1-4節は、罪が擬人化されています。罪=罪人という理解で良いと思います。ここに描かれていることは、詩篇14:1の「愚か者は心の中で「神はいない」と言う。彼らは腐っていて忌まわしいことを行う。善を行う者はいない。」を思い起こさせます。

5-9節には、この世界を造られた神の御性質が描かれています。一言でいうならば、自然界は神様の恵みや慈しみで満ちているということでしょう。6節は、新改訳聖書第3版では「あなたは人や獣を栄えさせてくださいます」と訳されていたものが、2017では他のいくつかの日本語訳のように「あなたは人や獣を救ってくださいます」と訳されています。ヘブル語聖書の意味を汲んだ訳であり、神の豊かな守りは人間だけにとどまらず、すべての被造物に及ぶことを表す良い訳であると思います。アッシジのフランシスによる「太陽の賛歌」を思い起こさせます。9節は、泉()と光が私たちを生かすものであり、それは今日的に言えば、主イエスキリストであることを知るのです。あのサマリヤの女(ヨハネ4:7)は、汲んでも尽きない水であるイエスとの出会いを経験しました。盲人バルテマイ(マルコ10:46)は、肉眼が開かれただけでなく、真の光であるイエスを知ったのでした。

10-12は詩人の祈りです。泉は、湧き出ているからこそ生ける水となっています。どんなにおいしい水でも、そのままにしておけばやがて腐ってしまい、悪臭を放つようになるでしょう。どんなに遠くまで照らす光源があっても、それを覆ってしまったり低い所に置いたのでは、用を足さないでしょう。そのように、泉()は絶えず流れ出、光(ともしび)は次々に伝えられて行かなければならないのです。来年は東京オリンピック、パラリンピックが開催されます。競技に先立って、聖火が次々に受け継がれていく聖火リレーが行われることでしょう。同じように、私たちがいただいた永遠の命の水であり光であるイエスを証しすることは、私たちをも生かすものとなるのです。

 

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