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2019年10月 6日 (日)

泉と光に生かされる 詩篇36:1-12 2019.10.6

人間を含め、地上のすべての生き物は、水と光がなければ生きていけない、成長できないと言えるでしょう。本詩篇は、そのことを自然界(神に造られた世界)の営みの美しさを引用しながら描いている詩であると言えます。

1-4節は、罪が擬人化されています。罪=罪人という理解で良いと思います。ここに描かれていることは、詩篇14:1の「愚か者は心の中で「神はいない」と言う。彼らは腐っていて忌まわしいことを行う。善を行う者はいない。」を思い起こさせます。

5-9節には、この世界を造られた神の御性質が描かれています。一言でいうならば、自然界は神様の恵みや慈しみで満ちているということでしょう。6節は、新改訳聖書第3版では「あなたは人や獣を栄えさせてくださいます」と訳されていたものが、2017では他のいくつかの日本語訳のように「あなたは人や獣を救ってくださいます」と訳されています。ヘブル語聖書の意味を汲んだ訳であり、神の豊かな守りは人間だけにとどまらず、すべての被造物に及ぶことを表す良い訳であると思います。アッシジのフランシスによる「太陽の賛歌」を思い起こさせます。9節は、泉()と光が私たちを生かすものであり、それは今日的に言えば、主イエスキリストであることを知るのです。あのサマリヤの女(ヨハネ4:7)は、汲んでも尽きない水であるイエスとの出会いを経験しました。盲人バルテマイ(マルコ10:46)は、肉眼が開かれただけでなく、真の光であるイエスを知ったのでした。

10-12は詩人の祈りです。泉は、湧き出ているからこそ生ける水となっています。どんなにおいしい水でも、そのままにしておけばやがて腐ってしまい、悪臭を放つようになるでしょう。どんなに遠くまで照らす光源があっても、それを覆ってしまったり低い所に置いたのでは、用を足さないでしょう。そのように、泉()は絶えず流れ出、光(ともしび)は次々に伝えられて行かなければならないのです。来年は東京オリンピック、パラリンピックが開催されます。競技に先立って、聖火が次々に受け継がれていく聖火リレーが行われることでしょう。同じように、私たちがいただいた永遠の命の水であり光であるイエスを証しすることは、私たちをも生かすものとなるのです。

 

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