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2020年1月12日 (日)

天地を造られた方に目を上げよ 詩篇121:1-8 2020.1.12

2020年、あけましておめでとうございます。こんなあいさつも吹き飛ぶほど、年末から年始にかけて、日本や世界を不安に陥れるような出来事が起きています。皆様は、どのような思いで新しい年を迎えられたでしょうか?

本日のみ言葉は、そんな新しい年に読み、思いを巡らすのには良いみ言葉です。最もなじみのある詩篇の一つともいえるでしょう。表題に「都のぼりの歌」とあるように、巡礼者がゴールである都エルサレムに近づき、ふっと足元から目を上げてシオンの丘を見上げた時の心境が歌われていると思います。単なるハイキングや山登りではなく、霊的宗教的な歩み、まさに聖なる地を目指す巡礼者の思いがこの詩篇に歌われています。

人は確かに、山に向かって目を上げます。日本の景色でいえば、まず新年はご来光を拝もうということで山頂を目指す、特に富士山は日本人であれば理屈抜きに見上げたい山であることでしょう。しかしこの詩篇の作者は、山そのものからさらに目を上げよ、この山だけではなく世界にあるあらゆるものを造られた方を見上げよ、と歌っているのです。世に多くの注解書がありますが、まずあなたの口でこのみ言葉を読んでみてください。声に出してもいいし、心の中に読んでも構いません。あなたの思いが、このみ言葉の通りになっていくとき、神の守りが至る所にあることを知るようになるでしょう。

121篇には「守る」という言葉が6回使われています。主なる神は私たちの足をよろけさせず、うとうとと寝てしまうこともないお方です。家族やヘルパーさんにしっかりと支えられているようなイメージです。それは個人の守りにとどまらず、「イスラエルを守る方」とあるように、国家社会の守りへと広がっていきます。

しかし時に、なぜ助けてくださらなかったのかと、愚痴の一つも言いたくなるようなこともありますね。ヨブはまさに、そのような人生を強いられた人でした。次から次へと、災いが降りかかってきたのです。妻からも、神を捨ててしまえと言われる始末です。それでもなお、彼は創造主である神から目を離すことはありませんでした。

昨日、82歳の姉妹の告別式を行いました。母の死に遭遇するとは思わず外国から帰国した最愛の娘の腕の中で、彼女の歌う讃美歌を聞きながら静かに召されたとのことです。神様が二人を引き合わせてくれたのではないでしょうか。

新しい年、私たちを驚かせるようなことが起きてもそのことに目を捕らわれるのではなく、造り主である神にこそ目を上げる日々を送らせていただきましょう。

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