フォト
無料ブログはココログ

« 市民講座 | トップページ | 陰府の手から奪い返す方 詩篇49:1-20 2020.2.23 »

2020年2月 2日 (日)

神、共にいます  2020.2.2 詩篇46:1-11

先月の中旬から、新型コロナウイルスの蔓延、国会の開催、そして暖冬の中の天候不順、などなど様々なことが起きています。ネズミ年にふさわしい()、目まぐるしくいろいろなことが起きた最初の月でした。そしてこれらのことは、私たちの先行きに不安を与える者ばかりです。

 大相撲初場所の話題は、何といっても幕尻の徳勝龍が優勝したことでしょう。インタビューの中で、恩師の伊藤監督が急逝されたことに触れ「監督は見てくれてたんじゃなく、一緒に土俵にいて戦っていてくれたような、そんな気がします。」という涙のコメントが、印象に残りました。

本日の聖書個所は、ずばり、神がどんな時にも私たちと共にいてくれる、戦ってくれているということを告白したみ言葉です。宗教改革者ルターは、この詩篇をもとに「神はわがやぐら」という讃美歌を作りました(讃美歌267、新聖歌280)

1-3節は、神に造られた世界、人が自然と呼ぶ世界が立ち騒いでいる姿です。地震、津波、干ばつ、砂漠化、大規模森林火災など、挙げればきりがありません。故郷の姿も、人間の力によって全く変わってきたと感じる方もあることでしょう。「セラ」は詩篇に現れる間投詞です。美しい自然が失われている姿を見て、ふっとため息をついている詩人の姿を想像してしまいます。4-7は、人間の作った世界も立ち騒いでいる姿が描かれています。先だってのニュースで、世界終末時計は「あと100秒」になったとありました。時計の針に残された時間は、過去最短を示したというのです。イランとアメリカの関係悪化、北朝鮮の核疑惑、気候の温暖化を食い止める各国の対応が遅れている、というのがその理由で、地球の破滅はもう目の前に来ていることを警告しています。8-11は、このような危機的な中で、私たちが取るべき心の在り方、態度を示しています。何よりもこの世界の王は人間ではなく、世界を造られた神様であることを知らなくてはなりません。そのために必要なのは、静まって、神の前に出ることです。神様のとのかかわりを見つめなおし、もう一度人としての在り方を取り戻し、神様の前に膝まずくという態度です。必要なのは、軍備ではありません。9節は、イザヤ2:4「主は国々の間をさばき、多くの民族に判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍を鎌に打ち直す。国は国に向かって剣を上げず、もう戦うことを学ばない。」のみ言葉を思い起こさせます。軍事力を持つことが戦争の抑止力になる、と言われます。しかしすべての人々がお互いに信頼し合い、一斉に武器を放棄し、荒野を開拓したら、そこに川ができ、緑がよみがえるのです。神が共におられる、God be with you! この言葉こそ、平和をもたらす基になることでしょう。

 

« 市民講座 | トップページ | 陰府の手から奪い返す方 詩篇49:1-20 2020.2.23 »

礼拝メッセージ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 市民講座 | トップページ | 陰府の手から奪い返す方 詩篇49:1-20 2020.2.23 »