フォト
無料ブログはココログ

« 主よ、新しくしてください 詩篇51:10-17 2020.5.17 オンライン礼拝 | トップページ | 苦難の中からの希望 ローマ5:1-8 2020.7.5 »

2020年6月21日 (日)

主イエスに望みを置く 2020.6.21 詩篇56:1-13

ダビデの恐れは、1-25-7に描かれています。若きダビデは、サウロ王に仕官いたします。戦場においてダビデが手柄を立てると、次第にサウロ王は彼を疎ましく思うようになり、ついに彼の命をつけ狙うようになってしまいました。ダビデが逃げ込んだのはガテというところでした。なんとそこは彼が打ち倒した巨人ゴリアテの故郷であり、イスラエル人にとっては敵であるペリシテ人の領地だったのです。この場所の方がむしろ安全であると思ったのでしょう。しかしさすがに適地ですから、発見されその素性がばれてしまえば、今度はペリシテ人に命を奪われてしまいます。このあたりのことは旧約聖書1サムエル記21章に書かれています。

人は、何かに追われて逃げている時は、絶えずその身に命の危険を帯びているでしょう。精神的に追いつめられるということも、あるでしょう。そのような時には信頼できる人や場所に身を寄せ、保護してもらう以外に解決はないでしょう。

3-4、7-11は、そのような中で神に信頼し、神の言葉を頼りとしていることが歌われています。そして結びの12-13には、このような中から救われた感謝の思いが歌われています。

コロナ禍で失われたことの一つは、言葉であると思います。人と会う機会が圧倒的に少なくなり、食事中も会話をしないようにと注意されます。メールやチャットは言葉のやり取りですが、キーボードに打たれたテキストです。確かにオンラインでは相手の顔を見ることはできますが、一緒にいるときのようにその存在を感じながら意思の疎通を図るということとは、かなり違うのではないでしょうか。本詩篇の表題にあるように、全世界が物言わぬ鳩のようになってしまっているのです。人が遠く離されてしまい、大切な言葉を発することができない、追い詰められた心境を表しています。

私たちも深い悲しみに捕らわれると、言葉が出てきません。聖書を読むことすらできなくなります。神の言葉が、思い浮かばないのです。八木重吉の詩に「このあかるさのなかへ、ひとつの素朴な琴をおけば、秋の美しさに耐えかねて、琴はしづかに鳴りいだすだらう」というのがあります。琴が秋の日差しの中にそっと置かれているように、あなたも神様の大きな懐の中に身をおけば、内側からおのずと神さまの言葉があふれ出てくるでしょう。その為に、たとい短い時であったとしても、み言葉に触れる時を大切にしたいものです。

コロサイ3:16キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。

« 主よ、新しくしてください 詩篇51:10-17 2020.5.17 オンライン礼拝 | トップページ | 苦難の中からの希望 ローマ5:1-8 2020.7.5 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 主よ、新しくしてください 詩篇51:10-17 2020.5.17 オンライン礼拝 | トップページ | 苦難の中からの希望 ローマ5:1-8 2020.7.5 »